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ミケランジェロと恐るべき教皇 


アダムの創造
 神のごときミケランジェロ は、テリビリータ(恐るべきもの)を表現したと評されたが、彼にシスティナ礼拝堂の天井画を依頼し た教皇ユリウス2世(在位1503年-1513年)のほうは、イル・パパ・テリービレ(恐るべき教皇)と呼ばれた。システィナ礼拝堂はシ クストゥス4世(在位1471年-1484年)の発願により建立された教皇礼拝堂で、甥のユリウス2世はこれを壮麗なものにしようと考えた のだ。
 ユリウス2世の生涯のライバルは、かの悪名高きロドリコ・ボルジアだった。ボルジアは1492年にアレクサンドル6世として教皇に 選出されたが、息子のチェザレとともに政敵を次々と毒殺し、愛人との間に十数人の子どもをつくり、実娘ルクレチアとの近親相姦 まで囁かれた。  ユリウス2世も負けてはいない。かつての仇敵の息子チェザレを味方につけて教皇に選出されると、ローマの高級娼婦を片っ端から 愛人にし、美食を好み、梅毒と通風を患っていた。アレクサンドルの浪費で底をついた教会財政を立て直すために、民衆に酷税を課 せ、えげつない聖職売買で収入を稼いだ。マルチン・ルターが火の舌でもって教会批判を開始するわずか十年足らず前のことだ。
 ミケランジェロは教皇の指示に従い1508年から1512年にかけて天井画を描いた。絵画より彫刻を重視していた彼は当初、乗り気で はなかった。それでも手際の悪い助手たちを全員くびにして、3年半もかけてひとりで完成させた。この天井画ばかりはいかなる図版 を見るよりも実物を見ることをお勧めする。『アダムの創造』はその一部で、ミケランジェロ の最高傑作と言われている。
 創造されたばかりのアダムが父なる神より人さし指を通して生命エネルギーを与えられるというイメージは、聖書の旧約聖書のど こにも表現されていない。ミケランジェロ のオリジナルなアイデアである。この絵が引用されていたかどうか不確かだが、アニメ『 新世紀エヴァンゲリオン』を思い出してしまうのはなぜだろうか。
 ユリウス2世はかんしゃくもちのサディストで、気に入らないことがあるとすぐに従僕を杖で殴りつけた。天井画を描いている最中 にも何度か訪ねてきて、愚痴をこぼすミケランジェロ を容赦なく痛めつけたらしい。時には天才に対しても鞭を振るったほうが傑作が生まれる、ということだろうか。
(以上、参考文献は『システィナ礼拝堂とミケランジェロ』ロス・キング著 分厚くて高価な本だが実に面白いのでお勧めだ。個人的には、神のごときミケランジェロが最初期に怪物画で知られるドイツのショーンガウアの『聖アントニウスの誘惑』を模写していたというエピソードが気に入った。
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