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古い着物を甦らせる。~表装・書・紬織展を終えて 

 おかげさまで「古い着物を甦らせる。~表装・書・紬織 展」は県内各メディアに取り上げられ、3日間で600人近い来場者を迎え、予想以上の成功を収めた。600人程度で成功?と思われる方もいるかもしれないが、市街地の寺院に比べると交通の便が決して良いと言えない鄙びた寺で開かれたことを考えたら、じゅうぶんすぎるほどの成功である。これもひとえにアーティスト・平畑御夫妻の作品並びに人柄の魅力によるものだろう。北九州では既に門司港レトロ等での展示で多くの観衆を集め、表装の講習会を実施するなど知名度はあったが、今回その名声の波が関門海峡を越えて本州に押し寄せてきたという感じだ。タンスにしまったままになった古い着物をどうにか活したいと思っている女性は想像以上に多く、彼女たちが古布を掛軸や屏風に表装するという平畑夫妻の優れたアイデアに惹かれたということである。 表装展展示会場
 アンケート結果によると、来場理由に開催場所としての正護寺に関心があったとする意見も多く見られた。一見の価値ある文化財を置くと聞くものの、マニアでない限り人はふつう、それだけでは行き方が定かでない場所にわざわざ足を運ぶ気になれない。しかし、魅力的なイベントがあるなら話は別で、場所を地図で調べたり人に聞いたりしてでも訪ねてみたくなるものだ。
 掛軸1 『ヨロボン』の編集後記で指摘されていたように、寺社をイベントスペースに利用することの魅力はもっと語られても良いだろう。特に掛軸はもともと仏教と密接に関係している。それはかつてインドから中国に仏教がもたらされたとき、経典を保存・携帯するために考案された「巻物」に由来しているのだ。表装の工程で掛軸の裏地を数珠で「清める」ことにも、仏教との深いつながりが表れている。
 正護寺は豊かな襖絵や装飾品に囲まれていることもあって、視覚的な情報密度が濃過ぎて「うるさ過ぎる」との辛口の意見も見られた。主宰者側としては自らの未熟さを反省し、課題点を明確にして、次につなげなければならない。
 しかし、それでも禅寺のもつ独特の雰囲気が掛軸の鑑賞に合致していることは確かだ。掛軸に限らず和の美術品は美術館のホワイトキューブを出て、もっとふさわしい場所に置かれたほうが良い。それはベンヤミンのいう「礼拝的価値」から「展示的価値」へという近代化の流れから抜け出し、礼拝的でも展示的でもない、あるいは礼拝的でも展示的でもある新たな価値に向かう試みになるはずだ。その試みが真に成功したとき、観衆はアートが「作品」ではなく空間的・時間的経験であるということをはっきりと認識するに違いない。
寿掛軸  右の画像は1996年に瑞穂氏が初めて古布を使って表装した記念すべき作品である。この花嫁衣裳を手にしたとき、瑞穂氏はすぐにこれで表装しようと思い立ったそうだ。ところが、布柄に合わせて春翠氏に「寿」の文字を書いてもらったものの、最初はなかなか納得できなかった。それというのも着物の派手な色柄には濃い墨による書の方が合うと思っていたためで、何十枚と書いてもらった末にやっと薄い墨の方が合っていることに気づいた。そのときは、古布と書のバランスの不思議さに心を打たれたという。



酒袋掛軸  右画像(部分)は酒袋を表装した作品で、御夫妻が日ごろ飲み交わしていた日本酒の酒瓶に貼ってあるラベルの美しさに目がとまり、水に漬けて丁寧に剥がしたものを、春翠氏が酒にまつわる詩文を書にした上に何枚も貼り付けたというもの。
 正直なところを言うと、和の世界に関わるのは50歳を過ぎてからでイイヤと決め込んで、これまで敬しつつもあまり近寄らなかったのだが、とうとうフライングしてしまった。そして案の定、チラシの制作やイベント運営にたずさわるにつれて、着物や書、表装のディープな世界に惹き込まれてしまい、本紙や中廻し、発装(八双)、風帯、エボタ蝋、…といった語彙や、掛軸をしまう際は曇りや雨など湿気の多い日は避けるべし、といったことまで覚えてしまった。
   掛軸2     あかり



 展覧会に先立って、福岡県田川市にある平畑夫妻の自宅を訪れたのだが、そのとき第一に感じたのは、日常生活にアートが融け込んだ理想的な形がそこにあるということだ。たとえば、下の写真は平畑家の和室と廊下を仕切る襖だが、平畑春翠氏の書を瑞穂さんが襖に仕立てたものだ。表装とは表具であり、さまざまな用途に使われるアート(技術)なのである。
平畑家
 下の写真は同じく和室の障子窓である。このような風情のある空間で暮らすことの快さは何ごとにも代えがたいに違いない。
平畑

家床の間の窓
 フルクサスは既存のアート(芸術)概念を排して日常の中に「アート」を見出そうと試み、ケン・フリー ドマンはフルクサス12の基準として「アートと生活の統一」や「偶然性」「遊戯性」「単純さ」などを挙げ たが、日本人の多くはアートという概念がヨーロッパから導入される前からそれらを美意識として重んじてきたのである。

 古布を掛軸等に表装することを日本で初めておこなったのは誰だろうか? 平畑瑞穂氏ご本人?と訊いてみようかと一瞬思ったが、やはり無粋な質問だと思って自粛した。ちゃんと調べたわけではないが、たぶんそれは誰にも分からないし、誰も「私が日本で初めて始めた」と主張していないのではなかろうか。「特許」とか「実用新案」といったものとは縁の薄い世界――それはデザインやアニメ、DJ、ウェヴ、あるいはアウトサイダー・アートの世界でも言えることかもしれないが――、頑ななオリジナリティの主張も些細な剽窃への非難もない、それゆえ人びとに愛され伝えられ広がる世界というものがある。古布を掛軸に表装することも、それ自身は表装技術を伴うとはいえ、他の人がつくった古布と本紙(瑞穂氏の場合は、夫の春翠氏の書)の組み合わせに他ならない。しかし、組み合わせの妙技プラス小文字のart(技術)であるがゆえに、WEBデザインの世界やDJカルチャーと同じように、人びとの間に広く普及していくのではないか。岡崎乾二郎は「みすず」2008年8月号の斎藤環との対談で「アノニマスな形式こそがもつ強度」について語っている。たとえば民藝運動を始めた柳宗悦を取り上げ「(彼は)芸術至上主義がよりかかる作者主義を批判して、人格ではなく、生産過程や道具の連関にこそ美的秩序は依拠しているのだと考えた」と述べている。

 今回、新進気鋭の染織家・外山もえ子氏による新作着物を一緒に展示したことも誤った選択ではなかった。自然の植物を用いて染色すると色がくすんでしまうのでは?と先入観を抱いていたが、梅やタマネギで染め上げた着物の色のなんと鮮やかであることか。新作着物の染色技術と、古い着物の甦生技術が出会う機会をつくれたことは、それなりに意義があったと思う。
外山もえ子新作着物
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