FC2ブログ

映画『サン・ソレイユ』 

 YCAMスタジオCでクリス・マルケル(→wiki )の『サン・ソレイユ』(→wiki(英))と『レベル・ファイヴ』を観る。

 クリス・マルケルは、『ラ・ジュテ』の人で、『ベトナムから遠く離れて』(1967年)を製作した、くらいの認識しかなかったが、 後年これらのような素晴らしい作品を創っていたとは。

 アイスランドやアフリカ、サンフランシスコの映像も挿入されるが、おもに映っているのは1980年代初頭の東京だ。航空機の国際便が普及して、一般人でもヨーロッパの時間、アフリカの時間、アジアの時間がリアルタイムに共存する世界を享受(つまりわずか1日かそこらで移動)できるようになってきた時代。

「ユダヤ人はさまよい、日本人はゆれる」

 招き猫の寺、泪橋の労務者が墓石に注ぐ日本酒、千代の富士の連勝、口裂け女のエピソード、竹の子族(→wiki)の踊る様子、アクションクッキング、ホテル・ユートピア、新宿紀伊国屋(→ブログ:『新宿泥棒日記』)、東京モード学園、渋谷109、もぐら叩きならぬ上司叩きに興じる若いサラリーマン、自動改札機がなかった時代の改札、電車内の日本人の様子、公衆電話……。

 実際の景観だけでなくテレビ映像も映し出される。
 松本零士の『銀河鉄道999』、11PM(→wiki)等。夏目雅子(→wiki)の入滅、とあったので、彼女の他界もあの時代だったのかと一瞬思ってしまったが、実際に亡くなったのは1985年。テレビドラマ『西遊記』で三蔵法師役を演じていたので、その関係だろうか?。ちなみに彼女の墓は、山口県防府市の大楽寺にある。

 スペースインベーダーやパックマンなどのビデオゲーム、秋葉原の電子部品の店なども映し出される。クリス・マルケルは『レヴェル5』をみてもわかるように、ほかの多くのヨーロッパ映画人とは異なり、ビデオゲームにも多大な関心を持ち続けた人だったようだ。

 冨田勲のEMSやMoogを用いた電子音楽が耳に快い。

 同じく80年代前半の東京の風物を描いたという点で、昔みたヴェンダースの『東京画』(→wiki)を想い出す。『東京画』は1983年の東京。小津安二郎の墓のほか、竹の子族や食品サンプル、「タモリ倶楽部」のオープニング映像などが映っていた。

 アミルカル・カブラル(→wiki)という固有名にも言及しており、映画『ホース・マネー』(→ブログ)にも表現されたカーボ・ベルデやギニア・ビサウの景観映像が挿入される。ひょっとすると、マルケル監督は、80年代初頭の日本の風俗に、アフリカのそれと同様の、欧米の植民地主義に対する「文化的抵抗」を感じ取ったのだろうか。

 サンフランシスコの映像は、『ラ・ジュテ』に影響を与えたヒッチコックの『めまい』(→wiki)にかかわるもの。

 タイトルの『サン・ソレイユ』はムソルグスキーの歌曲「日の光もなく」(→wiki)に由来する。

 詩性が感じられるドキュメンタリー映画としては、昨今でも『エル・マール・ラ・マール』 (→ブログ)のような例があるが、やはり、本作の想像性に比べると見劣りしてしまう。世界的にみても詩性が衰えてしまった現在を呪うしかないのだろうか。

 プロデュースは、ヌーヴェル・ヴァーグを支えたアナトール・ドーマン。彼はクリス・マルケルの『ラ・ジュテ』や『レベル5』のほか、アラン・レネの『夜と霧』(55)や『24時間の情事』(59)、ロベール・ブレッソン(→ブログ『白夜』)の『バルタザールどこへ行く』(64)や『少女ムシェット』(67)、ゴダールの『男と女』(65)、大島渚の『愛のコリーダ』(76)や『愛の亡霊』(78)、シュレンドルフの『ブリキの太鼓』(79)、寺山修司の『上海異人娼館』(1981)、アラン・ロブ=グリエの『囚われの美女』(→(ブログ)、ヴェンダースの『パリ、テキサス』(84)や『ベルリン・天使の詩』(87)など数多くの名作を手掛けている。

 久しぶりに、DVDを購入しようか迷った作品だ。
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://travis7.blog54.fc2.com/tb.php/990-2956b28d